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魂とDNAのプロフィール

転生した記憶/DNAに宿る記憶

【DNAの経歴】我が家系の歴史2

 家系図をもとに、専門のカウンセラーに透視リーディングをして頂いた。

我が家系の衰退は、どうやら江戸時代に発生した事件がきっかけのようだった。

 さかのぼること江戸時代末期、1800年代前半にそれは起きた。

年貢などに不満を示した農民が一揆を起こしたのだ。

藩が沈静化を図ろうと武力行使で衝突。

一旦は落ち着いたものの、藩は手助けするものまで罰則を与えようとした。

私の御先祖は、農民に親友がいて、農耕具を武器として供給していた。

それが藩に突き止められてしまう。

「手助けしようものなら、商売できなくしてやってもいいんだぞ」

御先祖さまも家族を養う身であり、親友を裏切るのはやむ得ない決断だった。

親友の農民たちは武力衝突が起きる前に、再びご先祖様に農耕具を借りにきた。

しかし、断るしか選択肢がなく、あえなく「裏切者」と呼ばれ、冷たくされた。

やがて、親友の農民たちは、藩との闘いが本格化するも、辛くも助かるが

最愛の息子や娘を失うなど、被害は甚大だった。

 その怒りの矛先は、武器を貸さなかったご先祖さまに向けられてしまい

相当に執拗な、粘っこい怨念を受けてしまう。

農民たちは、悲しみと怒りの双方の感情が満ちた、激しく歪んだ形相だった。

農民たちは不買活動で、ご先祖様の店から農耕具を買うことはなくなる。

 苦しくなったご先祖様は、敢え無く借金をするのだが、借りた先がヤクザ者だった。

今でいう消費者金融のような高利貸しだ。

当然、返せなくなり、途方に暮れてしまう。

ヤクザ者は弱みに付け込み、ある要求を御先祖様に突き付けることになる。

それは、人殺しの道具となる刃物を秘密裏に作らせることだった。

要求を受けるしかなかった。

間接的にも、人殺しに加担したというカルマに家系全体がつつまれた瞬間だった。

その後の子孫たちに暗い闇を落とすことになる。

  人殺しに加担したカルマ、一揆で裏切った親友からの怨念が

御先祖様に流れ込んでいった江戸時代の1700年代後半~1800年代。

きっかけを作ったご先祖様の息子世代は病弱となり、男が減ってしまう。

孫の代で、鍛冶屋を継いだご先祖様は比較的健康だったのだが

嫁入りして期待された妻が子宝に恵まれず、遂には途絶える事になる。

丁稚奉公していた職人が、跡継ぎとして養子に入ることになった。

その人が、私の高祖父にあたる利一郎(仮名)だ。

 明治17年頃(1885年)に跡継ぎとなった利一郎は、カルマや怨念をモノともせず

子宝に恵まれ、5人の男子を授かった。

我が家系のカルマ解放への旅がスタートしていった。

 

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